異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ

第19回
異文研キャンパス・レクチャー・シリーズ

「女の脳、男の脳」

講師
貴邑(田中) 冨久子(横浜市立大学医学部生理学教授)
日時
2001年6月18日(月) 18:00~19:45
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場所
神田外語大学(千葉・幕張)
ミレニアム・ハウス
講演会報告
(奥島美夏、異文化コミュニケーション研究所)

さる6月18日(月)、神田外語大学ミレニアム・ハウスにて、2001年度のキャンパス・レクチャー・シリーズがスタートした。初回の講師、貴邑冨久子氏(横浜市立大学医学部生理学教授)には上記の講演タイトルと同題の著書(1998、NHKブックス)もあり、その中ですでに男性と女性の脳構造の一部に違いがあること、その性差は発生的に古く動物種による差があまりない大脳辺縁系と視床下部に主としてみられること、などを指摘している。大脳辺縁系-視床下部(「古い脳」)は、基本的生命を維持し子孫を残すための本能と情動を司るが、その構造的な違いが生殖機能や生理行動はもちろん、摂食、体重増加、攻撃行動などにも性差を生み出しているという。また、こうした先天的に獲得される形質的特徴から、性同一障害(外生殖器や体格の特徴と異なる性のアイデンティティをもつこと、性転換願望症など)や性的定位障害(同性愛)などを説明する数々のデータも紹介されている。

一方、今回の講演会では、こうした古い脳による行動の差異が必ずしも社会的通念で考えられているような男女差には結びついておらず、むしろ後者は生後の環境によって後天的に獲得されてゆくものであると解明することに力点がおかれていた。すなわち、日頃われわれが耳にしている「女はおしゃべり」「男は人の話を聞かない」「男は理数系が、女は文系が得意」といった類の通説には科学的根拠がないというのである。その理由として貴邑氏は、学習能力や視覚・空間能力は主に高等な動物であるほど発達している大脳新皮質(「新しい脳」)で行われる活動であり、出生後の養育・教育によって培われ、磨かれていくことを挙げる。したがって、先述のジェンダー観は、そのように男女を一定の規定にそって区別化しながら育て上げる社会そのものを反映しているといえる。例えば、日本社会では男の子は活発に屋外で遊びまわるのに対し、女の子は服を汚してはならないとかおしとやかにすべしと諭す、などといった光景がみられるが、このような教育のあり方は日本だけにとどまらず、アメリカでも同様であるという(サドガー「女の子は学校で作られる」)。

では何故このようなジェンダーを人々は生み出すのかと考えると、一つの可能性としては、古い脳の性差が生み出す男性優位の傾向を、新しい脳が維持しようとするためである、と貴邑氏は述べる。人間の攻撃性は、怒りを刺激するストレスを感じる辺縁系の扁桃体と視床下部とに関係しているが、この攻撃行動がより顕著な男性が、家庭・社会における地位、金銭やセックスなど生存に必要な諸要素について女性に対し有利である傾向が強く、ために男性優位社会を生み出し、保ち続けてきた。こうして、例えば古代ギリシアの学者たちの「女は男の不完全な形」といった表現に見るように、男女の形質的違いをすべて優劣におきかえる偏見や、女性の劣位が先天的なものであるとする通説が広く流布し、また信じられてきたのである。このような男女観は、生物学的な性を研究し始める18世紀まで続いた。

以上について、貴邑氏は医学的データを豊富に使いながらわかりやすく解説した。近年はマス・メディアを通じた生物学的知識が得やすく、脳への関心も高まっているためか、会場内には周辺地域からの参加者も多数集まり、性同一障害や大脳新皮質の発達可能な期間など、専門的な質疑応答も飛び交う盛況ぶりであった。

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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