食品・アミノ酸・医薬品を中心に世界22カ国に展開し、年間売り上げが1兆円にも迫ろうかというグローバル企業「味の素株式会社」から、人事マネジメントを統括しておられる山口常務取締役にお越しいただき、グローバル化が急速に進む中で必要とされる国際対話能力、実務能力、教養などを軸に、企業が求める人材の姿を具体的にお話しいただきます。
当研究所主催の第25回講演会は講師に山口範雄氏(味の素株式会社常務取締役)を迎え、「グローバル企業が求める人材――人事マネジメントの立場から」と題して開催された。
日本の代表的グローバル企業のひとつである味の素株式会社は、うまみ調味料としてのグルタミン酸ナトリウムの製造法開発に伴い1909年に創業、1925年には正式に株式会社(当時「鈴木商店」、初代社長:鈴木三郎助)として設立された。戦後(1946年)より社名を「味の素(株)」と変更して以来、国内事業はもとより、アメリカ合衆国、フィリピン、タイ、マレーシア、ドイツ、ペルーなど世界各国へ次々と進出したほか、ケロッグ、ユニリーバベストフーズ、ゼネラルフーズ(以上アメリカ)、ダノン(フランス)その他の大手外国企業との提携、吸収、合弁事業などを行い、現在22カ国にまたがる大規模な海外事業を展開している。また系列グループの社員総勢3万3千人のうち6割はアジア・アフリカその他の現地勤務者で、総収益の63パーセントも海外事業によるものであるという。
そこのような大企業のスタッフを統括する立場から、山口氏は外国語学習とその活用についてのギャップを指摘する。まず、ロシア語通訳の第一人者、米原万里の著書『不実な美女か貞淑な醜女か』(新潮社、1994など)を例にとり、また、世界各国の味の素製品のコマーシャル集を見せながら、グローバル企業が求める人材を次のように描き出した。
味の素本社では従業員4千人強のうち200人以上が海外へ派遣され、その他421人が国内で海外事業展開のサポートを請け負っている。このうちの四分の三はナショナル・スタッフ(海外の現地社員)だが、残りの社員のうち高等教育で何らかの言語を専攻していた者はわずか59人にすぎない。また、国内事業の諸業務でも、問い合わせへの応対その他での英語使用は必須であり、大多数の社員が専門外の言語を何らかの形で用いながら日々の仕事をこなしている。
ここからいえることは、社会で活躍する人々、特にグローバル企業を支えるマンパワーといえども、求められているのは、語学力そのものよりも、プラスアルファの能力であるということだ。氏によれば、そのような能力には、事業そのもの、あるいはその中の1機能((財務・経理、知的財産管理、発酵技術、マーケティング、流通など)についてのプロフェッショナリズムを極めるという2つの可能性があるが、いずれのエキスパートになるにせよ、語学のみでは通用不可であるという。すなわち、外国や外国語に関する知識を単に得るだけでなく、いかに自分を相手に説明・説得できるかという主張・表現と対話の能力が現代の日本人に問われているのであり、そのために修得した言語・文化を駆使する創造性こそが重要なのである(河合隼雄・石井米雄2002『日本人とグローバリゼーション』講談社を参照のこと)。
さらに山口氏は、そうしたプロフェッショナリズムを支える資質として、1.業績を追求する合理性、2.人を惹きつけ動かすリーダーシップ、3.社会・文化への深い理解力、4.適度の楽観性とバランス感覚、5.良き家庭、の5つをあげる。海外での仕事には特に4と5が大きく関わってくる場合も多い。不慣れな現地生活では自己管理、臨機応変さ、ストレスへの対処、海外赴任に伴う家族関係への配慮など様々なハードルをクリアすることが必要となるからだ。こうしたことからも、外国語学習には修得法や成績向上に先立って、まず「それを何に役立てるのか・何を伝えたいのか」というはっきりとした各自の理念や意志をもつことが大切であり、またそのためには広い教養と豊かな情緒を磨くというごく基礎的な努力が大切になる。
最後に、数々の参考文献をリストにあげながら(下記参照)、氏は次のように結論づけた。「言語はあくまで表面的な知識で、その内容こそ重要である。中身がなければ、言葉は力にならない。言葉の力を引き出すためには膨大な量の知識、教養と経験などが必要である」。これは、大学教育に対するグローバル企業のトップマネジメントからの鋭い注文であり、助言でもあると理解すべきだろう。