輝かしい経済成長と噴出する民衆の不満。中国は今、まさに正念場を迎えている。土地を奪われた農民やリストラされた労働者。彼らは「改革」に切り捨てられた弱者だ。各地では民衆による抗議事件が頻発している。民衆の怒りの矛先は、利権集団化した官僚特権層や取り巻き たちに向けられている。「民意のうねり」。それがこれからの中国を読み解くキーワードだ。
九州大学経済学部卒。三菱商事中国チームをへて、カリフォルニア大学バークレー校大学院修士課程修了。東京外国語大学大学院修士課程修了。外務省専門調査員(香港総領事館)、東洋文庫客員研究員(現代中国研究班)、外務省国際情報局分析第二課専門分析員を歴任。
著書に『中国激流 13億のゆくえ』(岩波新書)、『現代中国 グローバル化のなかで』(岩波新書)、 『「一国二制度」下の香港』(論創社)、訳書に『日中関係 この百年』(岩波書店)、『中国の人権(共訳)』(有信堂)、『黒船が見た幕末日本』(TBSブリタニカ)がある。
2005年4月に中国各地でおきた日本の経済進出に対する突発的なデモと暴動には、多くの日本人がとまどいを覚えただろう。この反日抗議の真意は、日本の国連常任理事国入りや教科書問題への反発からおこったのか、それとも輝かしい経済成長を遂げる中国で積極的に進められていた日本との経済提携にあったのか。情報統制・報道規制下にある中国では、問題の実像をとらえるのが難しい。長年にわたって中国研究者・アナリストを務める講師は、高度経済成長をめざした‘改革開放政策’ の過程で土地を奪われた農民やリストラされた労働者が、近年中国各地で集団抗議事件を頻発させていることをあげ、今回の反日デモも利権集団化した官僚特権やそのとりまきに向けた中国民衆の怒りの表出、すなわち‘民意のうねり’ の一環であると考える。この‘民意のうねり’ こそが、急激な経済発展によるひずみに直面した現代中国をよみとくキーワードだ。
中国での集団抗議規模はここ10年間で7倍となり、2004年は7万4千件、延べ376万人にのぼった。講師が紹介したいくつかの現地・海外メディアの報道から、そうした抗議事件の様子がうかがわれる。その多くは、地方開発の犠牲者となった農民たちと政府・企業との武力闘争や、偶然の事故や流言といった直接関係のないきっかけから噴出した下層労働者たちの暴動へと発展している。同様にして先の反日デモも、当初は公務員・下級官吏などのエリート層千人程が始めたところに、不満解消の場を求める出稼ぎ農民や下層労働者も殺到した結果、デモの‘ハイジャック’ という中国政府にとって予想外の事態になった、というのが実情のようだ。
こうした情勢の背景には、すでにみた強引な農地開発や、外資主導の経済成長、社会格差の二極化といった経済問題と、官僚の企業支配や汚職、民主化要求に対する言論統制などの政治問題とがある。講師によれば、中国では外資系企業が全体の5割以上を占めており、流通ではほぼ全面支配に達している。GDPも7割を貿易に依存し、これは今後の中国経済は外国とのパートナーシップなしには立ちゆかないことを意味する。その反面、技術開発に投資すべきところを海外からの購買にあてているため、国内産業の技術力は停滞し、結果として質の良くないものを割高に買わされるという悪循環に陥っている。実際こうした商品を恒常的に消費できるのは、13億人の国民のうちわずか3~6千万人にすぎない。しかし、このごく一部の人々が、先進国にとっては十分に大規模な市場なのである。その多くは役人で、税務署査察の義務などもなく、一方国民の大半を占める農民と産業労働者は貧困にあえいでいる。外資依存体制もさることながら、いかにこうした二極化社会に中間層を増やし、税金を徴収するのかが、今後の重要な課題といえる。
そしてもっとも根源的問題である政治面では、政府の頂点である中央政治局常務委員会をはじめとして、省・市などの地方政府でも開発事業にからんだ汚職や企業支配が露骨に行なわれており、監視体制の整備を求める声が高まってきた。そのほか、県・区レベルの選挙動向や知識人によるフォーラム形成などにも体制内改革勢力の台頭がみられ、‘天安門事件’ のような過激な反政府運動とはまた違った、ゆるやかな‘草の根運動’ が展開されつつある。こうして中国共産党は、このまま一党独裁で市場経済を強引に推進してゆくのか、三権分立体制へ移行するのか、いずれにせよ抜本的な改革の必要な正念場を迎えているのだ。