本講演では翻訳者という職業を通して、「プロ」とは何かについて考えてみたい。その上で重要なのは、プロ・アマ間の相違、プロになるためのカギを特定することである。プロ翻訳者・学生間の相違に関する私の研究では、リスク予見および問題解決方法に顕著な相違がみられた。学生の皆さんがどのような職業に就こうとも、即戦力になるために必要不可欠な能力と考えるので、この講演を契機として深く内省をしていただければ幸いである。
オーストラリア・マッコーリー大学大学院講師。同大学院にて英日の翻訳、応用言語学を中心に教鞭をとる。プロ翻訳者として法律・医療・IT分野の翻訳に携わる。現在はマッコーリー大学博士課程に在籍し、「プロ・アマ翻訳者が直面するリスク・問題と効果的な翻訳教授法」をテーマに論文執筆中。
井上先生のご専門である「エクスパート論」を核にして、翻訳分野における「プロ」の翻訳者(家)とは何かを、実例や写真を使ってわかりやすくご紹介された。
前半では、プロとは何かについてエクスパート論における知見である「秀でたパフォーマンス」、「柔軟性」、「リスク予見・問題解決力」などの特徴、「処理速度」、「問題分析の深さ」、「解決策の整理」といった問題解決能力からの分類を挙げられた。
この知識的背景を元に、翻訳の形態、翻訳業務の行程、翻訳(分野)でのプロのとるべき方策について、具体的なシナリオを元に来場の方々によるディスカッションを交えて説明してくださった。その後、翻訳におけるリスク予見・問題解決に関しては、業務受注、翻訳受注後の問題、対人関係、読者への配慮、情報収集などの側面についての注意事項をご説明された。リスク予見・問題解決という特質が日常・社会生活だけではなく、翻訳においても重要な位置づけを占めるかが大いに参考になった講演であった。
講演の後、会場から数多くの質問が出され活発な質疑応答がおこなわれた。「学部で翻訳を勉強する際、どのようなことをやっておくべきか、その逆にやってはいけないか」、「翻訳する際、何を信条としているか」、「Happy New Yearを明けましておめでとう、と訳すと問題になるらしいが、その場合にどのように訳せばいいのか」など、極めて具体的な質問が投げかけられ、翻訳者の立場を踏まえながら、井上先生ご自身ならどのように考えるかについての指針を示された。
井上先生が教鞭をとっていらっしゃるマッコーリー大学大学院、翻訳通訳プログラムをご紹介いただいたのも、留学を考えている学生には有益な情報となった。本学英米後学科では通訳翻訳課程を立ち上げ三年目を迎えるが、学部卒業後さらに通訳翻訳を学びたい人向けの留学先、またそれ以外の学生の留学先としてもマッコーリー大学は最適となるだろう。