神田外語大学では令和3(2021)年4月に「グローバル・リベラルアーツ学部(Global Liberal Arts学部、以下GLA学部)」を新設します。その誕生の物語を紹介する本シリーズの第2回では、新学部設立のプロジェクトを牽引(けんいん)してきた副学長の金口恭久に取材をしました。(文中敬称略)
神田外語大学の母体は、英語教育の専門学校、神田外語学院である。昭和32(1957)年開校の同学院(当時の名称はセントラル英会話学校)は、仕事で使える実学としての英語教育のパイオニアであり、外国人教員による少人数教育、独自開発の教材やシステムによる視聴覚教育、海外での語学研修など、現在では英語教育のスタンダードになっている教育法をいち早く日本で実現してきた。
その原動力は、創業者である佐野公一・きく枝夫妻の「外国語を学び、外国人と理解し合うことで平和に貢献できる若者を育てる」という信念であった。その考えは「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という建学の理念として集約された。だが、専門学校での2年間の教育では英語の技術は習得できても、外国人と深く理解し合ううえで必要な教養や人間性は育めない。そこで、昭和62(1987)年4月、神田外語大学が千葉・幕張に開学されたのだ。
以来、神田外語大学は30年以上にわたり、外国語学習の効果を高め、異文化を理解する教養を育むためのカリキュラム構築、研究活動、施設づくり、課外活動など画期的な取り組みを絶え間なく続けてきた。その挑戦の連続から浮かび上がってきたのが、2021年4月に新設されるGLA学部の必要性だったのである。
新学部の教育内容の骨子を構築し、設置認可を得るための実務を取り仕切ったのが同大学副学長の金口恭久だ。
金口は昭和55(1980)年4月に文部省(現在の文部科学省)に入省。国際的な職務経験が豊富な人物で、海外に駐在し、ニューヨークの現地校で学ぶ日本人の児童や生徒が直面する問題解決をサポートするとともに、日本とイギリスの大学連携の調整などを担った。平成19(2007)年8月からは東京外国語大学の事務局長を務め、26種類の専攻言語から成る外国語学部を「言語文化学部」と「国際社会学部」の2学部へと改編する仕事も手掛けた。異文化への適合の難しさ、欧米と日本の大学の違い、そして日本の大学の課題を痛感してきた金口は、平成27(2015)年6月、神田外語大学の副学長に就任したのである。
金口が副学長に就任した当時、神田外語大学の学生数は約4,000人に上り、単科大学としては国内最大規模になっていた。その教育は一定の評価を得ており、学生募集は安定的に行われてきた。それでも、神田外語大学を経営する学校法人佐野学園の理事長、佐野元泰はさらに教育を高める必要があると感じていた。
神田外語大学が外国語学習の質を高める数々の取り組みを続けてきた根底にはあるテーマがあった。それは、「Lifelong Learnerの養成」である。外国語学習への関心をきっかけに、「生涯にわたり学び続けられる体質」を学生が養っていく考えだ。その追求には、さらなる教育改革への挑戦が必要であると佐野は思い続けてきたのである。
神田外語大学の教育を高みに押し上げるために何をすべきか。その議論が導いたのが新学部設立だった。これまで神田外語大学が培ってきた知見を生かした新たな学部をつくる。少人数でも存在感のある、とがった学部をつくり、大学全体の教育を引っ張っていく。その教育の核には、「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という建学の理念を置くことが決まった。金口は建学の理念についてこう解釈する。
「平和というのは単に戦争を回避して、戦争がない世界をつくるだけではありません。社会生活で人の意見をきちんと聞いて、うまくまとめ上げていく能力も平和に通じます。幅広い教養と視野を持ち、世界や地域で世の中の目的のためにさまざまな調整をし、意見や組織をまとめ上げていける人材を育てる。もちろん国際的な課題に挑戦する人材も育てる。私は建学の理念を広く捉えて、卒業後に『神田のGLAを出たあの人はできる』と思われる人を育てたいと考えました」
こうして「平和のためのグローバル・リベラルアーツ」というGLA学部のコンセプトが定まったのである。
外国語の高い運用能力と国際的な教養を兼ね備え、平和の構築に貢献できる人材を育てる。その実現に必要な要素がGLA学部のカリキュラムには惜しみなく取り入れられている。
まずは、学びのモチベーションをいかに引き出すか、である。
高校生は自身の得意科目と興味関心を踏まえ、志望する大学と学部学科を選択し、受験に挑む。近年、高校でもさまざまなキャリア教育が実施され、職業について学ぶ機会は増えているものの、大学受験時点で将来へのビジョンが明確になっている高校生は一握りだろう。
欧米の大学には「ギャップ・イヤー」という制度がある。入学後、半年から1年をかけて、自身の関心に沿ってボランティアやインターンなどの社会活動を体験することができるのだ。実際の社会で活動し、現実に直面することで、自分が何を学び、何者になるべきかをじっくりと考えることができる。
さらに、大学で学び始めた当初は学部学科を固定せずにさまざまな領域の基礎科目を学ぶことができる。自身の関心を見極めながら、より専門性の高い科目の履修と専門家の教員がいる大学へのトランスファー(編入学)が可能なのである。欧米の大学では、こういった柔軟な制度があるからこそ、学びに持続性が生まれ、プロフェッショナルが育まれていくのである。
これまでの職務を通じて、日本の大学における学びの動機づくりに対して問題意識のあった金口は、GLA学部でひとつの解を提示した。
「日本の高等教育では制度上、ギャップ・イヤーの実施は不可能です。でも、入学した最初の半年ぐらいは将来について考える期間を設けた方が良いと思います。目的意識が明確にならないまま語学など膨大な量の学習を続けると学ぶことそのものに拒否反応を覚えてしまうからです。そこで、GLA学部では1年次前期を将来について考える『グローバル・チャレンジ・ターム』と位置付けました。前期を前半と後半に分けて、後半に『海外スタディ・ツアー』を実施する、かつてないカリキュラムを構築したのです」
海外スタディ・ツアーは、リトアニア、インド、マレーシア・ボルネオ、エルサレムという4つの国や地域から学生自身が留学先を選び、現地の大学で学ぶ。学生は留学を通じて、世界で起きている現実を目の当たりにし、そこで得た問題意識や将来へのビジョンを帰国後に始まる学習のモチベーションへとつなげていくのである。
留学先の選定でも「平和のためのグローバル・リベラルアーツ」というコンセプトを重要視した。前述した留学先の国や地域は、紛争や貧困、環境問題など地球の平和を脅かす象徴的な現状を抱える。さらに、どの留学先でも表面化する問題を理解するためには、歴史や経済、政治、文化、社会など幅広い領域の教養が必要であり、それらを習得しなければ課題解決の糸口すら提示できないことを学生は痛感するのである。
GLA学部の構想時において、海外スタディ・ツアーの候補地の選定については大学内の会議でもかなりの議論があった。だが、令和2(2020)年10月3日、4日に実施された初めての入学試験(総合型選抜前期)によって、その杞憂(きゆう)は払しょくされた。金口はこう振り返る。
「この選抜試験で受験生の一番人気はインドでした。インドには貧困があり、多種多様な人々がいて、エネルギーにあふれている。おぼろげながらそれを理解して、現地に行って自分で何かを経験してみたいと思う受験生がとても多かったのです」
「平和のためのグローバル・リベラルアーツ」というコンセプトに基づき、学びの目的意識を強く持つという目的のもと選ばれた留学先。挑戦とも言える神田外語大学の提案が響く高校生たちがいることが、実際の選抜試験において立証されたのである。(第2話に続く)