神田外語大学は令和3(2021)年4月、社会課題の解決に挑み、平和を実現するための教育を実践する「グローバル・リベラルアーツ学部」を開設しました。6月末からの2週間、コロナ禍の苦境のなかで国内にいながら学生に留学と同様の体験をさせる「海外スタディ・ツアー2.0」を敢行。神田外語グループだからこそ実現できたプログラムをレポートします。(文中敬称略)
神田外語大学が令和3(2021)年4月に開設したグローバル・リベラルアーツ学部(以下、GLA学部)では、入学後の半年間を「グローバル・チャレンジ・ターム」として位置付けている。その核となるプログラムが「海外スタディ・ツアー」だ。紛争や環境問題、多文化共生などの課題を抱える4カ国・地域(リトアニア、インド、マレーシア・ボルネオ、エルサレム)に学生を派遣。現地の状況を肌で感じ、問題の本質について深く考えさせ、帰国後の大学での学びにつなげていくことを目指すプログラムである。
しかし、令和2(2020)年初頭から感染拡大が始まった新型コロナウイルス感染症の影響で、学生を海外へ留学させることは困難になった。神田外語大学を経営する学校法人佐野学園理事長の佐野元泰は当時の様子をこう振り返る。佐野はGLA学部の発案者であり、教育プログラムづくりにも深く関わってきた。
「海外の現実をリアルに体験させることで学生のモチベーションを引き出す、というわれわれのプランは新型コロナによって打ち砕かれました。GLA学部の方法論は本当に正しかったのか? われわれは悩み、苦しみ、それでも徹底的に議論しました。そして、ふと思ったのです。今、われわれはGLA学部の真意を試されているのではないか、と。目指す山の頂上は平和に貢献できる学生を育てることです。想定していた山登りのルートが閉ざされたのであれば、新たなルートを探せばよいと決意したのです」
そこで浮かび上がってきたのが「ブリティッシュヒルズ」である。福島県天栄村の山中にあるブリティッシュヒルズは、神田外語グループの宿泊施設を兼ね備えた国際研修センターであり、中世の英国の環境を忠実に再現した異文化体験施設である。「国内にパスポートのいらない外国を創りたい」という志のもと、神田外語グループが平成6(1994)年7月に設立した施設だ。ブリティッシュヒルズで合宿を実施し、集中的な学習を行えば、国内でも海外留学と同様の状況をつくり出し、体験価値を学生に提供できる。その発想を起点に「海外スタディ・ツアー2.0」の立案が始まったのである。
海外スタディ・ツアー2.0では、提携する4カ国・地域の大学へオンライン留学することをプログラムの柱とした。現地の教員から歴史や文化、さらにはその国が抱える課題についての講義を受けることに加え、体験価値をより高めるために、現地学生とのディスカッション、さらにはガイドによるバーチャルツアーなども盛り込まれた。
当初の海外スタディ・ツアーでは、学生がひとつの国や地域を選び、留学する予定だった。だが、海外スタディ・ツアー2.0では4カ国・地域すべてにオンライン留学できることとなった。ひとつの国や地域について1週間かけて学び、それぞれが抱える対立と平和、宗教、環境、経済、貧困などの諸問題について比較しながら、議論し、多様な視点を養っていくのである。
期間は4週間。リトアニア、エルサレム、インド、マレーシア・ボルネオの順で実施するが、最初の2カ国へのオンライン留学はブリティッシュヒルズで2週間の合宿を行うことが決まった。泊まり込みの合宿形態で実施することにより、時差のあるヨーロッパや西アジアとのコミュニケーションも柔軟に設定できるのだ。そして、アジア2カ国は、合宿終了後の2週間に千葉・幕張の神田外語大学キャンパスで行うプランが固まった。
こういった決断の背景には、新型コロナウイルスの感染拡大が始まった直後に神田外語大学が立ち上げたオンライン授業化プロジェクト「Innovation KUIS」の取り組みがあった。令和2(2020)年3月の時点で4月からの授業をすべてオンラインに切り替えることを決め、教育イノベーションセンター(LTI)のセンター長、石井雅章がリーダーとなりプロジェクトチームを結成。授業開始までのわずか1カ月で120時間に及ぶ教員研修を行い、オンライン授業に完全移行する体制を整えたのである。
Innovation KUISで蓄積されたオンライン授業での知見、そして留学先のパートナーと調整に当たった教職員による根気強く、丁寧なコミュニケーションがあったからこそ、海外スタディ・ツアー2.0のオンライン留学は実現したのである。これも教育の質を追求し続けてきた神田外語グループの成果の表れだったと言えるだろう。
6月27日から7月9日まで13日間実施されたブリティッシュヒルズ合宿では極めてハードなスケジュールが組まれた。
プログラムの開始は午前9時。ブリティッシュヒルズの外国人教員による英語学習を行ったのち、オンライン留学する国・地域について事前学習を英語で行う。学生間のコミュニケーションも基本は英語である。昼食後も事前学習は続き、その後、オンラインで留学先の現地とつなぐ。提携大学の教員による歴史や文化に関する講義を受けたのち、象徴的なエリアへのバーチャルツアーや現地の大学生とのディスカッションが行われる。夕食後には、その日の振り返りを日本語で行い、午後9時にようやく1日のプログラムが完了するのである。
有無を言わせずに学習と課題が間断なく続く状況はまさに留学そのものであるが、本合宿には他にも留学的な体験要素が織り込まれている。
羽鳥湖を望む山中の奥深くに建てられたブリティッシュヒルズでは、施設の敷地や周辺で日本的な看板や建物を目にすることはない。食事は3食すべて洋食。お米やみそ汁など和食は用意されない。そして何よりも、2週間にもわたりクラスメイトと教員とだけで過ごす。家族や学部以外の友人と会う機会は閉ざされ、クラスメイトと向き合い、自分と向き合う。環境、食事、人間関係において、非日常的な状況に身を置くことはまさに異国での留学で得る体験そのものなのである。
海外スタディ・ツアー2.0のプログラムを担当した客員教授の豊田圭一は、本合宿の意義をこう語る。
「ロンドンでも、ニューヨークでも、ロスでも、留学をして楽しいのは最初だけです。学校が始まれば膨大な量のテキストを読む。授業の英語が理解できない。そして、煩雑な手続きなどもすべて自分でしなければならない。留学で一番得られるものとは、経験したことのない状況で生じる困難を何とか克服する体験です。ブリティッシュヒルズという逃げられない状況で、いろいろな刺激を受けて一杯いっぱいになりながら、時に疲れて、休んで、でも楽しさも感じる。それこそが海外で留学を経験しているのと同じような状況なのです」
筆者が取材をしたのが2週間にわたる合宿の終盤だったということもあり、また個人によって温度差はあるものの、学生たちはこの過酷な環境に適応しているように見えた。
「合宿の初めはちょっと疲れが出ました。毎日、授業があって、英語しかしゃべっちゃいけないのが大変でしたね。最初よりはずいぶん慣れました」
「日本語でも理解するのが難しいのに、英語で学ぶというのは、すごくハードなことです。でも、それも刺激になったので、頑張っています」
「今、エルサレムについて学んでいますが、本当に知らないことが多くて。授業も大変ですが、新しいことをたくさん知ることができて良い経験ができています」
ブリティッシュヒルズで缶詰になっている状況で得られたことがあるかと尋ねると、ある学生は「合宿中、ずっとクラスメイトといることで、今まで大学内では見えなかったことが見えるようになった」と語ってくれた。他の学生も「入学後、話したことのないクラスメイトと話せるとすごく発見があるし、自分たちの視野が広がりました。合宿ならではですね」と楽しげに話していた。
佐野学園理事長の佐野は学生同士が深く交流する意義について次のように語る。
「私は30歳を過ぎて海外留学を経験しました。海外で学び、生活をするなかで、言葉だけではなく、人種や思考、宗教観、生活習慣などがいかに多様であるかを実感しました。同時に海外留学で改めて、日本では単一民族の意識が強く、島国であることを再認識しました。海外留学は日本で暮らしてきた私が異なる価値観と対峙(たいじ)しなければならない初めての体験だったのです。
通信技術の発展でスマートフォンによるコミュニケーションが一般化しました。コロナ禍はその流れに拍車をかけ、非対面のコミュニケーションを日常化しました。学生にとっても、コミュニケーションの在り方や価値観、メディアへの接し方などが大きく変化しています。
その状況で、学生たちは自分の意志で人との関わりを断つことを容易にできます。しかし、社会生活では自分の都合では断つことのできない人との関わりがあります。どのようなつらいことがあっても、自ら努力し、継続するなかで関係性を構築する場面が多々あるのです。
神田外語に関心を持ってくれる学生は、国際社会での活躍を望んでいます。国際社会で豊かに生きるためには、世界の多様な価値観を持つ人々と対峙する必要があります。学生には、社会を生き抜く、人と向き合う積極性を培ってほしいと考え、今回の合宿を断行しました」
合宿終了後に学部で実施されたアンケートでは、衣食住の環境や学びのスケジュール面や人間関係でかなり厳しい思いをしたという意見の学生が多かった。だが、その過酷な時間が今後、どのような実りを学生たちに与えるか、ぜひ継続的に見ていく必要があるだろう。