ブリティッシュヒルズが位置する福島県内には平成23(2011)年3月11日に事故を起こした東京電力福島第一原子力発電所があります。双葉町の現地を訪れ、後日、東京電力ホールディングス福島復興本社の社員と意見を交換したGLA学部の学生たちはブリティッシュヒルズでの合宿を通じて、「日本の平和」について深く考える機会を得ました。(文中敬称略)
2週間の合宿が折り返し点を迎えた7月3日、GLAの学生たちは東京電力福島第一原子力発電所事故に関する日帰り課外研修に出かけた。
早朝にブリティッシュヒルズを出発し、双葉町にある「東日本大震災・原子力災害伝承館」 を見学。その後、双葉町を歩き、今も帰宅困難区域に指定されている町の現状を視察した。午後は、双葉町の住民との交流を行い、被災者の方々の生の声を聞いた。その後、東京電力廃炉資料館に赴き、東京電力ホールディングス福島復興本社の社員から原発事故と廃炉への道のりについて説明を受けたのである。
この研修の意義について神田外語大学副学長の金口恭久はこう語る。
「“Fukushima”と検索すると、ネット上には原発事故の惨状に関する情報があふれています。海外の人々はその情報を通じて、福島を、そして日本を理解する現状があります。
神田外語グループには、福島県に立地するブリティッシュヒルズという研修施設があります。それを活用すれば、学生たちに東日本大震災、そして原発事故の被災地を訪ね、目で見て、人々の話を聞いて、感じる機会を提供できます。外国語とコミュニケーションを学ぶ若者たちは、自らが確かめたことを世界に発信できるのです。
今、社会全体がSDGsをテーマにさまざまな課題解決に向けた活動をしています。人類共通の課題に取り組む重要性の一方で、私たちは『神田外語グループだからこそできる教育とは何か?』を自問しています。それは、地域や社会、そして世界に貢献でき、自らの言葉で自国のことを当事者として発信できる人材育成です。それこそが、国際社会における教育機関の存在意義であるのです。
学生が今後、海外に出ていったとき、必ず、日本人として福島の原発事故について意見を求められます。地元住民の方々や東京電力の社員とのディスカッションを通じて、事故について理解し、復興と再生の現状を生で見て、自分の考えを持つことは将来欠かせないと考え、原子力発電所に関する研修を企画しました」
コロナ禍によって海外渡航が困難になり、そのハンデを克服するために生まれた海外スタディ・ツアー2.0とブリティッシュヒルズでの合宿。だが、福島という立地から生まれた研修は原子力発電事故という今の日本が抱える課題を学生たちに突き付けた。ある学生の言葉が印象的だった。
「私たちは普段からグローバルな問題に取り組んでいるんですけど、国内には東日本大震災と原発事故という大きな問題が存在していて、それをうまく解決しなければならない。どうしても国外に、グローバルな方向に目を向けがちですけど、国内にも向き合っていかないと、私たちが向かう『平和』の実現は難しいと思いました。それを実感しました」
東京電力福島第一原子力発電所事故に関する課外研修の4日後の7月7日、日中のプログラムを終了した学生たちは夕食後にブリティッシュヒルズの研修室「アンバサダーズホール」に集まった。研修先である廃炉資料館で説明をしてくれた東京電力ホールディングス福島復興本社の社員との交流座談会が行われるのである。
双葉町の福島復興本社にいる2名の社員とリモートでつなぎ、意見を交換する機会であり、学生にとっては現地での研修の振り返りとなる貴重な時間である。
交流座談会が始まると学生たちからは、原子力発電所事故に関する質問が相次いだ。
「原子力発電所の爆発は水素ガスの漏出が原因と推測されますが、その原因は地震の影響なのか、それとも施設の老朽化によるものでしょうか?」
「40年前に原子力発電所を建設した当時、部品はアメリカから輸入したものでした。燃料を冷やすためのパイプはアメリカだと川の水を使用するため、津波には対応できていなかったのでしょうか?」
「海の近くに原子力発電所を建設する場合、最初に想定できる災害は津波だと思います。それに対して何か対策はあったのでしょうか?」
学生の質問は極めて明確なものばかりだった。研修が終了した後、自らの疑問や問題意識について、自分なりに調査し、インターネット上で公開されている論文なども読み解きながら用意していた質問も多かったと推測される。なかには、発電所の部品に使われている金属合金の選択理由や汚染水の処理で生じる化学物質の安全性についてなど技術的な内容も多くあった。その質疑の様子は、強い問題意識が学びの原動力になることを信条とするGLA学部を象徴する光景だった。
交流座談会の開始から約1時間が経過したが、学生たちの質問は止まらなかった。当初、男子学生が中心に質問をしていたが、女子学生たちからの質問も相次いだ。
「資料館の写真で『原子力は明るい未来のエネルギー』というスローガンを見て、ぞっとしました。地域住民の方々にはどれくらい事故の可能性や危険性を説明していたのですか?」
「双葉町に行って10年間時間が止まっている状況を見ました。強制避難は本当に正しかったのでしょうか? 事故が起きる可能性があり、帰れなくなる可能性があることを理解していたら、何かを持って避難できたのではないでしょうか?」
「放射性物質が含まれた汚染水を処理して、海に流しても大丈夫だと聞きましたが、本当に海の生態系には影響がないのですか?」
あくまで印象だが、技術的な事故原因を探求しようとする男子学生に比べ、女子学生の質問は、被災した住民に共感する感覚に根ざしたものと思えた。肌で感じた漠然とした不安や違和感を言語化し、議論していくことも、物事の本質を見極めていくうえで重要だと感じさせてくれた。
学生の質問に応じた東京電力の社員は、質問の意図を理解し、複雑な状況をかみ砕きながら、丁寧に、そして真摯(しんし)に回答を続けていた。一方で、双葉町で原発事故の事実を目の当たりにし、被災した住民の生の声を聴いた学生たちのなかには、その体験によって、ある種の憤りを感じていた者も多かったように思えた。ある学生が東京電力の社員に対して意見を述べた。
「お話を聞いていて、双葉町の方々の熱量と比べるとすごく差があります。機械的というか、冷たさを感じるんです。本当に申し訳ないけれど、(東京電力が)本当にどうにかしようと思っているかが伝わってこなくて。個人の想いで構わないので、本当にどう思っているのか、お聞きしたいです」
質問に応じた東京電力の社員はこう答えた。
「私は福島第一原子力発電所が立地する隣町である浪江町で生まれ育ちました。私の家族も事故当時、そこで暮らしていました。私の知り合い、地元の仲間もたくさんいます。地元の方々には長期間の避難を余儀なくさせてしまって、大変な負担をかけてしまい、大変申し訳なく考えています。ご帰還される方々が帰還できるように、そしてそういった方々の安心が確保できるように廃炉を進めていかなければと思います。大変申し訳なかったと私自身、感じているところです」
この回答を受けて、質問した学生は「ありがとうございます。バックグラウンドを知らないまま厳しいことを言ってしまい申し訳ございませんでした」と自分の発言に非があったことを真摯にわびた。
体験と感情から生まれる自分の想いを、勇気を持って伝える。そして、相手の真意を理解できたとき、自分に非があれば素直に認める。立場や意見の異なる者の間に相互理解が生まれ、コミュニケーションが成立した瞬間だった。
東京電力の社員の真意に迫るやり取りが起きたことで交流座談会の流れに少し変化が生まれていった。ある学生はこう質問した。
「先日、お伺いした時、何度も私たちに謝罪をされている姿やご迷惑を掛けたという言葉を何回もおっしゃっている姿を見ました。被害が大きかっただけに、東京電力の社員はもちろん、ご家族の方々にも世間から事実無根のデマや誹謗(ひぼう)中傷の嫌がらせがあったのではないでしょうか? 精神的につらくなってしまった方もいると思いますが、社員の方々へのメンタル的なサポートがあれば教えてください」
回答に立った東京電力の社員は、福島で働き続けている社員の多くは強いミッションを持っているので精神面での大きな問題は生じていないが、継続的に確認をしていきたいと答えたうえで、「本当に心配していただき、ありがとうございました」と礼を言った。その礼に対して、質問した学生は「ありがとうございます。ご自愛ください」と言葉を掛けたのである。
GLA学部のコンセプトは「平和のためのグローバル・リベラルアーツ」を学ぶことである。福島第一原子力発電所の事故が起きた時、学生たちは10歳にも満たなかった。事故について学び、被災者の声を直接聞けば、事故を起こした東京電力への憤りを感じるのは当然のことである。しかし、事故の責任を問い、責めるだけでは何の解決にも至らないことを、そして、学生が志す平和に向かうためには対話が必要なことを、学生と東京電力社員の議論は自然と導いていったのである。
1時間半の交流座談会が終わりに差し掛かった時、ある学生が手を挙げた。最後の意見である。
「自分は南相馬市の出身で、同じく原発事故により避難した身です。東日本大震災で、このような状況下で、被害を最低限に抑えるべく、行動して、改善してくれたことをとてもありがたく思っています。当時8歳だった自分は、原発はただ怖いものとしか思っていませんでした。今回の研修で、その怖さや、どうしてそのような事態が起こったかについて知れることはとても良かったと思うし、いい機会になったと思います。また、家族の方や社員で風評被害に遭われたとか、デマやいわれのないことを言われたと思うんですけど、そのなかでも活動してくれて、とてもありがたく思っています。今回の研修、本当にありがとうございました」
時折言葉を詰まらせながらも、彼が意見を言い切った後、会場は拍手で包まれた。
東京電力福島第一原子力発電事故に関する現地研修の「振り返り」の時間として設定された東京電力社員との交流座談会。学習の振り返りには、学んだ内容を定着させ、深め、次の学びへとつなげる役割がある。双葉町の現地で衝撃を受け、そこから生まれた問題意識と向かい合った学生たち。そして、福島の復興と廃炉に人生を懸ける東京電力の社員たち。交流座談会で生じた熱量の高い議論は、その両者が真摯に向かい合ったからこそ生まれた化学反応であった。今回の交流座談会は、平和の実現を目指すGLA学部の学生にとって、振り返りの定義を超える希少な学びの機会となった。
今回の研修を通じて、学生一人ひとりで感じることは異なるだろう。しかし、GLA学部の学生たちは、これから福島原発の事故を思うとき、そして、海外で外国人に原発事故について聞かれたとき、この合宿での空気と情景を思い出すに違いない。それは、学生たちにとってかけがえのない財産になるはずだ。
交流座談会の終了後、学生のひとり、金井快翔さんに感想を聞いた。彼も双葉町での研修の後、事故の記録について調べ、技術的な質問をしていた。また、最後に意見を言った学生とも仲が良く、交流座談会の終了直後に彼の元に走り、労をねぎらっていたのが印象的だった。
「東日本大震災が起きた時、自分はまだ小学生だったので、何か危ないものが爆発して、日本は今、危ないんだという認識でした。成長するにつれて、福島の事故について学ぶ機会はありましたが、今回ほど現実味を持って深く学んだことはありませんでした。東京電力の社員の方々、住民の方々に直接、お話を聞けてとても貴重な体験でした。
事故当時、東京電力の社員の方々も、まさかこんな事故が起きるなんて思っていなかったでしょう。しかし、原発事故のような大規模な影響を及ぼしてしまうものを人間は作れる。それを認識しなければならない。それを強く思いました。
僕らが東京で使っている電力はどこから来ているのか? 僕らはそれさえ知らない。そして、知ろうともしない。学ぼうともしない。それが一番良くないと感じました。使っている以上、関わっている以上、責任がある。それについて知っていきたい。これからも。そう感じています」
神田外語グループの創業者である佐野公一、きく枝夫妻は昭和32(1957)年に東京・神田に小さな英会話学校を開いた。明治後期に生まれ、太平洋戦争の戦禍を生き延びたふたりには「平和な世界を実現したい」という強い信念があった。
佐野夫妻は、長い戦争を終えた日本が、世界と手を取り合って平和な社会を実現するには、若者たちが英語を修得し、世界の人々と和を育みながら生活の糧を得ることが肝要だと考え、私財を投じて学校経営へと乗り出したのである。この学校が後に「神田外語学院」として、当時は他に類をみない「実学としての英語教育」に特化していった理由はそこにあり、その後も外国語教育の革新的なモデルを次々と打ち立てていった。
以来、神田外語グループは、「言葉は世界をつなぐ平和の礎」という理念を貫いてきた。 佐野夫妻の長男である佐野隆治はその理念を受け継ぎ、アジア太平洋地域の言語を学ぶ神田外語大学を昭和62(1987)年4月に開学した。隆治はさらに、経済的な理由から海外留学に行けない学生にも異文化の体験をさせたいと考え、平成6(1994)年7月、福島県天栄村の山中にブリティッシュヒルズを設立。中世英国の文化環境を忠実に再現したブリティッシュヒルズは、神田外語グループの学生のみならず、中高生をはじめとした膨大な数の日本人に異文化体験を提供してきた。
そして、平成23(2011)年3月に起きた東日本大震災と福島第一原子力発電所事故によって、ブリティッシュヒルズは新たな教育的役割を担った。福島原発の事故と復興は、私たち日本人が直視すべきリアルタイムの課題であり、ブリティッシュヒルズはまさに、その現場である福島県というフィールドに立地している。神田外語グループはブリティッシュヒルズを通じて、学生たちが平和をリアルに学ぶための学習環境を提供しているのだ。
令和3(2021)年4月、神田外語大学にグローバル・リベラルアーツ学部が開設された。「平和のためのグローバル・リベラルアーツ」という教育コンセプトに共感し、入学したGLA学部の学生は、真剣に世界の平和を願い、そして自身の役割としてその課題に挑もうとしている。GLA学部が誕生したことで、ブリティッシュヒルズを拠点に福島原発の事故と復興を学ぶ研修が実現した。この経験値は「福島にあるブリティッシュヒルズ」の教育的な意義を広げる大きな一歩となったのである。
振り返れば、神田外語グループの教育の中心には、常に「平和」と「言葉」があった。社会では今、SDGs(持続可能な開発目標)への取り組みが重要視され、社会経済活動とSDGsを両立させたモデルの実現の必要性が叫ばれている。だが、社会情勢が変化しようと、「平和と言葉」を核とした神田外語グループの理想は揺らぐことはない。神田外語での学びを通じて学生の心に平和を希求する強い信念が育まれれば、どのような職業に就いても、SDGsをはじめとする今日的な課題や予測できない難題に対して取り組むべき態度を定められるのである。
ブリティッシュヒルズでの合宿、リトアニアとエルサレムへのオンライン留学、東京電力福島第一原子力発電所事故についての研修、そして千葉・幕張の神田外語大学キャンパスに戻ってからのインド、マレーシア・ボルネオへのオンライン留学。海外スタディ・ツアー2.0、そしてグローバル・チャレンジ・タームを終えたGLA学部の学生たちは、それぞれの経験と想いを抱えながら、1年後期以降のグローバル・リベラルアーツの学びに向き合っていく。(了)