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50th Anniversary -Interviews-
宇佐美:佐野会長がおっしゃる通り、人間の教育のなかで環境は大きいと思います。家庭環境もきっとそのなかに入るのでしょう。私の母も書を教えていたので、実家には、普段の生活のなかに墨や筆があり、メモ書きも筆でするような環境で育ちました。幼い頃は、一通りお稽古ごとに通わせてもらいましたが、残ったのが自分に一番近い書でした。英会話も習いましたが、いまだに宿題として残っていますね(笑)。
佐野:そうですか、本格的な書の勉強というのは、「王義之(おうぎし)」から始まるんですか?
宇佐美:いわゆる書道やお習字は特に整った美しさを求める「整斉美(せいせいび)」の要素が大きいですから、やはり基礎をしっかり学ぶことが大切です。「学ぶ」というのは、「真似ぶ」ということです。その学びが、人の根底の部分、礎をかたちづくっていきます。
佐野:なるほど。言葉は人の礎であるというのは同感ですね。
宇佐美:言葉には「語られる音声言語」と「書かれる文字言語」の2種類があります。日本を含む東アジア文化圏は、文字を記す言語が使われていて、文字に書いて表現できる言葉の世界というものを授かっています。ですから、東アジアでは、政治家や文人などさまざまな立場の人が、「書いて表現すること」を尊んできました。言葉を書く、言葉を書いて遊ぶ。私は、自分の職業が書家であるということを超えて、東アジアに生まれたことの醍醐味を感じています。
佐野:中国の書道と日本の書道は違いますね。日本の書道は、文字で表現する「美」を追求する。
宇佐美:余白も美しさも、そのひとつですね。
佐野:そこが日本人の特徴でしょう。私は、日本人ってすごいなと思いますよ。中国でも、きれいな文字やよい文字というのは、それぞれの大家がいるのでしょうけど、日本の書道はひとつの文字から感動を生もうとする。そうすると、原点をしっかり学んで、いったんそれを壊して、また作り上げていかなきゃならない。先生は、すごいことをおやりになっていると感心しますよ。
宇佐美:作ったものは愛おしい。ただ、花にしても、きれいな姿から枯れて変化していきます。永久保存はできません。四季なども、常に変化する無常の世界。書にしても、自分のスタイルを壊していく勇気が必要です。忘れるということも、次を吸収するためにあることですからね。佐野会長はどうお感じになられますか?
佐野:経営でも、創ること、そして壊すことが大切です。創るうえで、一番大変だったのは、家族や身内に理解してもらうことなんですよ。ブリティッシュヒルズなんて、その際たるものでした。まぁ、反対されましたよ。
宇佐美:普通のご家庭でもめるような規模とは違いますからね(笑)。
佐野:場所から反対されたんです。福島の山奥なんかに作ってどうするんだと。東京と大阪の間のほうがいいじゃないかとかね。ただ、あの場所には選んだ理由があります。敷地は100万坪あります。台地になっていて、下から登ってくるには1本道だけで、あとはすべて崖になっている。うちの学校は女子学生が多いから、この環境だったら安心です。女子学生がいるからって、鉄条網のフェンスでは囲みたくなかったんです。(2/6)