異文化理解教育の先駆者たち

第10回 宮崎新名城大学准教授『人生を拓くコミュニケーションへの気づき』

「学生の役に立つ存在になりたい」
大学4年で見つけたアメリカ留学の道

初めての海外滞在、それも生活を始めた直後に同じホームステイ先の先輩が自殺するという出来事は僕に重大な影響をもたらしうることでした。でも僕は留学中も、そして帰国後も、何事もなく学生生活を送れた。それはきっと、ホストマザーやホストファザーをはじめ、あの時に周りにいた人の対応が適切だったからだと思いました。誰も僕が置かれている状況をネガティブなものと決め付けなかったのです。何か重大な事態が起きても周りにいる人間の対応によって、その出来事が人へ及ぼす影響は変わる。思春期の若い世代なら、なおさらだと感じました。

この経験がきっかけで、「学生のそばにいて、何か役に立つ存在になりたい」と思うようになりました。海外で学ぶ日本の若者を支援できると思い、留学をあっせんする企業を探したのですが、自分のイメージする仕事ができるようには思えませんでした。ならば、神田外語大学で学んできたコミュニケーション学をアメリカの大学で学び、いつか日本の大学で学生にコミュニケーション学を教えられるようになりたいと思ったのです。

もうひとつ、コミュニケーションに関する気づきもありました。先輩が自らの命を絶った本当の理由は分かりません。きっと精神的な病を患っていたのでしょう。でも、その事実を知ったところで、悲しみは癒えるわけではありません。

つまり、相手に関する事実を頭で理解できたからといって、必ずしも問題が解決するわけではないのです。一方で、内容を深く理解できなくても、相手の話を聴くだけで関係が深まることもあります。最近、「聴く」というコミュニケーションについて研究していますが、きっかけはあの時の経験だったと思います。

アメリカの留学先は、ミシガン州にあるウェイン州立大学(Wayne State University)でした。総合大学で幅広い分野が強かったのですが、スピーチコミュニケーションやレトリックなどの分野を中心としたコミュニケーション学も盛んでした。平成16(2004)年9月から授業が始まりました。

大学院での研究の中心はニューメディアとコミュニケーションの関係についてでした。僕が高校の時はポケベル全盛の時代。公衆電話でボタンを押してメッセージを送信していました。平成7(1995)年にウィンドウズ95が発売され爆発的なPCブームが訪れ、e-mailが普及していきました。その後にPHS、携帯電話が登場してきます。そういったメディアが急速に変化するなかで、人と人とのコミュニケーションがどのように変化するかについて研究していきました。(3/8)

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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