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50th Anniversary -Interviews-
昭和53(1978)年、公一先生の跡を継いで佐野きく枝先生が第2代理事長に就任されました。きく枝先生は郷里を大切にされる方でした。福井県人会にもしょっちゅう顔を出しておられたし、経済的にも協力されていたようです。日頃の人付き合いを大切にされていたから、学園の運営でもずいぶんとその交流が生きましたよ。人と人の縁を引き寄せる力を持っていた方でしたね。
大学ができたとき、平泉渉先生に学外の理事になっていただきました。平泉先生は、福井県出身の代議士で大臣まで経験された方。もともとは外交官でしたから、外国語大学としてはとても有り難かった。神田外語大学の3代目学長である石井米雄先生も平泉先生からのご縁です。福井という郷里を大切にしたきく枝先生の生き方は、佐野学園の発展にも広がったと思いますね。
きく枝先生は、学校経営の実務は隆治会長に任されて、ご自分は国際関係や女性教育に力を入れていらっしゃいました。なかでも思い出深いのが、『金色夜叉』です。きく枝先生は、尾崎紅葉の小説をもとにシナリオを書かれました。その劇を外国人教員たちが日本語で演じたのです。この劇で老人ホームを慰問したり、海外でも上演しました。きく枝先生は、そんなユニークな教育をしながら、人と人のつながりを作っていましたね。
神田外語学院の本館には貴賓室という応接室がありますが、ここで記念すべき第1回の大学の理事会が開かれました。佐野学園は大学を創設し、企業で言えば上場企業のランクになった。だから、理事会もただ判子を押すだけでなく、きちんと議論し議決する。議事録も採る。大学は国から補助金をもらいます。貴重な税金です。だからこそ、社会的な責任があるのです。理事会では、開会の宣言をきく枝先生がされて、議事進行は副理事長であった隆治会長が行った。大学ができて、初めての理事会。とても感慨深かったです。
そのときから、貴賓室の壁には女性を描いた絵がかかっていました。生前、きく枝先生は「これは私が贅沢をさせていただいた唯一のものなの」とおっしゃっていました。その一言を覚えています。ヨーロッパに公一先生と行かれたときに、買っていただいたそうです。よほど気に入られたんでしょう。この絵は、公一先生からきく枝先生への唯一の贈り物なのです。(8/11)