川田雄基は福島の羽鳥湖高原にある工事現場を訪れた。まだ基礎工事しか行われていない段階だったが、川田は礎石の積み方を見ただけで、「これは本物だ!」と理解したという。工事現場では基礎工事の際に掘り起こされた巨石がゴロゴロと置かれている。放っておけば処分されてしまう。川田は、「その石、捨てるな!」と怒鳴りだしたという。すでに彼の頭のなかにはシェイクスピアの『リア王』のある場面の情景が描かれ、そのイメージを再現するには、それらの巨石が必要だと思ってしまったのである。
帰京後、佐野学園の事務所を再訪した川田は「石を捨てるな!と叫んできました」と佐野隆治に話した。その話をうれしそうに聞いていた佐野は改めて事業への参画を川田に申し入れた。川田は「お世話になります」と答えた。
佐野学園が進める国際研修施設の事業への参画を決めた川田は、上司である河村幹夫に辞職の申し入れをした。長い海外勤務を通じて、三菱商事を勤め上げることだけが人生ではないと思っていた河村は川田の申し入れを受け入れた。だが、当時は中年男性が中途で辞職して、転職するのは一般的ではなかった時代。河村は部下がどんな進路を考えているか、率直に聞いてみたという。
「それが要領を得なかったんですよ。なんだか、神田の英語学校が経営するイギリス村の責任者になると言う。どんな施設だと尋ねれば『まだ出来ていません』と答える。正直、不安でしたよ。かわいい部下が、変な遊園地のような場所に転職して、路頭に迷うことだけは避けたかったのです」
川田は近いうちに福島の現場に行く用事があると話した。河村は、それならば自分の目で確かめてみようと、同行を申し出た。仙台まで新幹線で行き、そこからは三菱商事の支社で車を借りて、福島の羽鳥湖高原を目指した。長い冬は終わったが、まだ小雪が舞っていた肌寒い日だった。県道から工事現場へと続く道は舗装されておらず、雪解けによってぬかるんでいた。ふたりを乗せた車は泥だらけになりながらその奥へと進んでいった。