それからはひたすら行動である。バッグには、ホームズの小説、地図、カメラの3点セット。仕事の合間を見てはロンドンの街に繰り出して、小説の舞台になった場所を探し、写真を撮る。愚直に続けていると、ギルドの社長たちに変化が表れ始めた。
ある社長は「カワムラ、あの場所には行ったか? あの事件の現場だぞ」とアドバイスしてくれる。他の社長は「ホームズが好きなら、ぜひ、初版本を手に入れるべきだ」と言い、「あの古本屋に売っているが値段が高い」と教えてくれて、あげくの果てには値切りのノウハウまで指導してくれたのである。
「僕が単にイギリスが好きというだけでなく、活動をしながら文化への理解を深めようとする姿勢を認めてくれたのだと思います」
こうして河村幹夫はギルドの社長たちとの交流を深めながら、仕事に有用な情報も手に入れられるようになっていった。
先物取引のギルドで、イギリス人の社長たちと付き合いを深めていくうちに、河村はあることに気づいた。大学で歴史や文化、芸術を専攻している人物が数多くいたのだ。
イギリスは、帝国主義の時代、世界中に植民地を展開してきた。第二次大戦以降は、「斜陽の大国」と言われ経済的には世界の頂点からは転落したが、国際ビジネスにおける戦略的展開ではイギリス人特有の巧さがあると河村は指摘する。
「自国の文化と先人たちの歩みを学ぶ姿勢、それこそがイギリス人の国際ビジネスにおけるセンスを養っていると理解できました」