神田外語グループのいしずえを築いてきた人々

第13回 佐藤武揚学校法人佐野学園元理事『専門学校の可能性を追求し続けて』

社会人教育のニーズが高い神田という場所
求められる学びを本気で探してほしい

ちょうど大学編入のための3年間の調査をしていた平成8(1996)年、東京の新橋に「神田外語キャリアカレッジ」が開校しました。これはもともとソニーがやっていた英会話学校「ソニー・ランゲージ・ラボラトリー」の事業を継承したものです。

ソニーはオーディオメーカーとして音響機器をやっていたから、LL教育の機材などの分野へも事業を広げており、英会話教育とは相乗効果があると思ったのでしょう。でも、英会話学校の経営はうまくいかなかった。企業として撤退を決めたものの、受講生も教員もいる。ソニーのブランドを傷つかずに引き継いでくれるのは神田外語学院しかない、と判断したのでしょう。

校長に就任した僕は、自分のネットワークをフル活用して学生募集をかけました。受講期間も、1年コースを半年や3カ月にして、忙しい社会人の時間の感覚に合わせました。官公庁や企業の関係者がずいぶんと来てくれましたよ。でも、昼がダメだった。ビルはテナントだから夜が入っても、昼がガラガラであれば採算が合わない。結局、平成18(2006)年3月に新橋からの撤退を決めました。

この40年間で、各種学校が専門学校になり、専門学校から大学への編入が認められるなど大きな変化がありました。神田外語学院は、大学受験コースを辞めて、英語の職業教育に専念したけれど、今では「大学に行きたければ予備校じゃなくて、神田外語学院に行ったほうがいい」という評判が立つようになりました。これも時代の変化ですね。

僕は、神田という立地を生かして、何ができるかを本気で考えなければならないと思っています。この地でレベルの高い社会人教育を望んでいる人は潜在的に数多くいるはずです。かつて、朝から晩まで学生たちが大挙して押し寄せた時代があった。時代が求める学びとは何か? 若い職員のみなさんがそれを本気で探し、実現すれば、あの光景を再現するのは不可能ではないと信じています。(10/10)

佐藤武揚(さとうたけあき)
昭和14(1939)年大分県九重町に生まれる。明治大学政治経済学部卒業後、大正製薬に入社。昭和43(1968)年5月に神田外語学院に就職。以後、事務長、副学院長、キャリアカレッジ校長を経て、平成11(1999)年に理事に就任。平成23年に理事を退任し、現在は評議員を務める。(社)東京都専修学校各種学校協会代表幹事をはじめ、数多くの教育団体の役職を務めてきた。趣味は絵画や写真。佐野きく枝先生が奨励した英語劇では、背景等の舞台美術も担当したという経験も持つ。

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写真撮影:塩澤秀樹
取材・文:山口剛

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